◇聖書箇所:歴代誌第二 24章◇(8月31日)

「ヨアシュは、祭司エホヤダの生きている間は、主の目にかなうことを行った。」…2歴代24:2

7歳で王となったヨアシュは、祭司エホヤダを側近に据え、彼の助言を全面的に受け入れてその治世を進めました。実際、幼い王の後見人としてヨアシュを指導し、また自分たちが主の民であることを王や民に強調し(22:16)、霊的なリーダーとして常に立ったのはエホヤダであって、彼の存在はユダにとってなくてはならなかったのです。ところがそのエホヤダが長寿を全うすると、たちまちユダのつかさたちが王に取り入り、偶像礼拝に誘い込み、ヨアシュは彼らの言いなりになってしまいました。彼らは、預言者たちの警告を無視し、さらにエホヤダの子ゼカリヤが神の霊に満たされ、「あなたがたが主を捨てたので、主もあなたがたを捨てられた」(20節)と、主のさばきを告げると、なんとヨアシュ王が命令を下して、ゼカリヤを石で打ち殺させたのです(21節)。ゼカリヤは死ぬ間際、「主がご覧になって、責任を問われますように」(22節,2017訳)と王に言いましたが、そのことばのとおり、年が改まるころアラムの軍勢がユダに攻め上り、ヨアシュに重傷を負わせ、彼の家来たちは謀反を起こし、寝台の上で彼を殺したのです。それはまぎれもなく、ヨアシュに対する主のさばきでした。エホヤダがいなくなったとたん、人のことばに心動かされ、偶像礼拝という、神が忌み嫌われる道に平気で進んでしまうヨアシュの弱さ、罪深さ…。それは、彼の信仰が確立されておらず、主との関係が脆弱なものであったことを意味しています。彼の信仰とは、エホヤダという敬虔な人物がいつもそばにいたから得られた「借り物の信仰」であったのです。ひるがえって私たちはどうでしょうか…。人から言われたからではなく、必要が満たされるためでもなく、純粋に主を求め、主にしっかりとつながり、主の目にかなう歩みをすることが求められているのです。周りがどのような状況であっても、ぶれることのない、自立した信仰者として歩みたいと思います。

主にとどまり続けることができますように。

◇聖書箇所:歴代誌第二 23章◇(8月30日)

「こうして彼らは、王の子を連れ出し、彼に王冠をかぶらせ、さとしの書を渡して、彼を王と宣言した。そしてエホヤダとその子たちが彼に油をそそぎ、『王さま。ばんざい』と叫んだ。」…2歴代23:11

ユダの王ヨラムの後継者となったその子アハズヤの治世は、わずか1年でした。彼は、病気であったイスラエルの王ヨラムを見舞いに行った際、エフーが首謀した謀反に巻き込まれ、ヨラムとともに殺されてしまったのです。するとアハズヤの母アタルヤは、自分が権力を握るべく、アハズヤ王の一族を皆殺しにして王の座に着きました。ところが、王の子の一人ヨアシュは、その子の叔母であり、祭司エホヤダの妻であったエホシェバによってかくまわれ、殺されずに生き延びていたのです(22:7-12)。そのヨアシュが7歳になったとき、計画は実行されました。エホヤダはユダのレビ人たちをみな集め、武器を携えて王宮や神殿や門に配置させ、さらにユダのすべての民に投げ槍を持たせて神殿の周りに立たせた上で、ヨアシュに王冠をかぶらせ、さとしの書、つまり律法が書かれているものを手にさせ、ヨアシュこそが王であると宣言し、彼に油を注いで、民とともにその即位を喜んだのです。驚いたのはアタルヤです。彼女は謀反だと叫びましたが、エホヤダの指示を受けた部隊によって殺され、さらに民はみなバアルの神殿に行ってその祭壇と偶像を打ち砕き、バアルの祭司も殺しました。そのようにして、町はようやく平穏を取り戻したのです。「王の子が王となるのです」(3節)。それはエホヤダの考えではなく、民の願いでもなく、主ご自身が約束されたことでした。まだ7歳であっても、アタルヤではなくヨアシュが王として立つことは神の御旨だったのです。エホヤダは民と王との間で「主の民となる」という契約を結ばせ、ヨアシュの即位の場ではさとしの書を彼に持たせましたが、それは、王と民が神を畏れ、神に従い、神を第一とするということを意味します。そしてそのようにしたとき、民の心にも平穏が取り戻されたに違いないのです。そのあり方に私たちも倣いたいと思います。

主からの平安がありますように。

◇聖書箇所:歴代誌第二 21章◇(8月28日)

「彼は32歳で王となり、エルサレムで8年間、王であった。彼は人々に愛されることなく世を去った。人々は彼をダビデの町に葬ったが、王たちの墓には納めなかった。」…2歴代21:20

ユダの王ヨシャパテの王位を、その子ヨラムが継承しました。彼は7人兄弟の長子でしたが、なんと、その兄弟たちをひとり残らず剣にかけて殺したのです。彼は父のような善王ではありませんでした。イスラエルの王たちの道に歩み、主の目に悪であることを行ない、ユダの山々に高き所を設け、住民に偶像礼拝を強要したのです。主は、預言者エリヤに書状を彼の元に届けさせ、ユダの人々に淫行を行わせたこと、また善良な兄弟たちを殺したことを非難し、その罪のゆえに、あなたの民、子と妻、全財産を打つ、あなた自身も悪性の内臓の病をわずらううようにする、とヨラムに宣告しました。そしてそのことばは現実のものとなり、彼の内臓はからだの外に出てしまい、彼は人々から愛される(惜しまれる:2017訳)ことなく、悲惨な最期を遂げたのです。ヨラムが自分の肉親である兄弟たちを殺害したのは、彼が、王としての自分の地位を彼らに奪われるのではないかと疑心暗鬼になり、そうなる前に先手を打っておこうと考えたからに違いありません。それは恐ろしいことです。そうさせたのは、彼のうちにあった「やみ」にほかなりません。主イエスが降誕されたとき、ベツレヘム周辺の町の2歳以下の男子をみな殺させた、ヘロデ王のことが思い起こされます。そして、たとえいのちを奪わなくても、自らの存在を確かなものにすべく、他者を攻撃したり、ないがしろにしたりする「やみ」は、すべての人のうちにあるのです。「世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます」(1ヨハ2:17)。神のみこころとは、神を愛し、神を第一とし、世のものに心奪われず、受けるよりも与える者となるという、キリストに倣う生き方にほかなりません。何よりも神に喜ばれる者として、神と人々に仕えていきたいと思います。

主の祝福がありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 28章17-31節◇(8月27日)

「こうしてパウロは満2年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。」…使徒28:30-31

いよいよローマに着いたパウロは、ユダヤ人のおもだった人たちを呼び集め、自分がローマに来ることになった経緯を簡潔に説明しました。自分には何の罪もないのに投獄されたため、カイザルに上訴した結果、カイザリヤからローマまで連れて来られたのだ…と。すると彼らは、パウロが伝えていることをぜひ直接聞きたいと答え、後日、より大勢の人がそれを聞く場が設けられたのです。パウロは人々に、神の国のことを証しし、キリストについてモーセの律法と預言者の書から説き明かし、朝から晩まで語り続けましたが、それを聞いた彼らは、信じる者と信じない者とに分かれてしまいました。それを見たパウロはイザヤの預言のことばを引用し、確かに聞いても悟らず、見てもわからず、立ち返らず、いやされない民がいる…今や神の救いは異邦人へと拡げられており、私は彼らに福音を伝えるために遣わされているのだ…と人々に告げたのです。この書を閉じるにあたり、著者ルカは30-31節に、パウロがローマでどのように晩年の2年間を過ごしたかを淡々と記しています。彼は自費で借りた家に住むことや、訪問者と自由に会うことや、神の国を宣べ伝え、キリストのことを教えることさえすべて認められ、大胆に、少しも妨げられることなく、その働きを進めることができたのです。それは言うまでもなく、神の奇しいみわざでした。伝説によれば、パウロはその後、斬首刑に処せられ、この地上での生涯を終えたとされています。彼のことばが思い起こされます。「けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません」(使20:24)。私たちもまた、贖われた者として、いのちを惜しまず、神の恵みの福音を証しする者でありたいと思います。

死に至るまで主に忠実に従うことができますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 28章1-16節◇(8月26日)

「このことがあってから、島にいたほかの病人たちもやって来て、癒やしを受けた。」…使徒28:9(新改訳2017)

パウロたちが難船してたどり着いた陸地は、シチリア島の南にある小さなマルタ島でした。その島の住民たちはずぶ濡れになっていた人々を世話するべく、火を焚いて暖を取れるようにするなど、親切にもてなしてくれました。パウロも協力して火にくべるものを集めましたが、その中にまむしがいて彼の手に噛みついたため、住民たちは、パウロが今にも倒れて死ぬのではないかと考え、じっと見守っていました。ところが、時間が経ってもパウロの様子に何の変化もないのを見ると、彼らは驚き、この人は神さまだ、と言い出したのです。そのことを知りつつ、パウロは御霊に導かれて行動しました。島の首長ポプリオの父が、熱病と下痢で苦しんでいることを知ると、彼の上に手を置いて祈り、主の癒やしがなされるようにとりなしたのです。父親はただちに癒されました。すると、それを聞いた島のほかの病人たちもパウロの元に来て、主からのいやしを受けたのです。パウロたちは3ヶ月間、島に滞在しましたが、おそらくその間、それは続いたことでしょう。パウロにとって、神の国の祝福である、いやし、解放、救いを人々に伝え、実際にその現れを分かち合うべく、キリストの御名によってそれを祈り求めることは、いつ、どこでも、誰に対しても願っていたことであり、そのために自分が召されたという強い自覚を彼は持っていたのです。そして置かれた状況において、自分ができること、自分がなすべきことを主に尋ね求め、それを忠実に行なっていったのです。いうまでもなく、そのような働きは、パウロだけでなく、キリストに贖われたすべての聖徒たちが主から求められています。私たちもまた、神の国の祝福を押し流す通り良き管として、キリストの御名によって祈り、とりなし、人々とともにその現れを待ち望み、喜び、主に感謝と賛美を献げる者でありたいと思います。

主の御名だけがあがめられますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 27章27-44節◇(8月25日)

「こう言って、彼はパンを取り、一同の前で神に感謝をささげてから、それを裂いて食べ始めた。そこで一同も元気づけられ、みなが食事をとった。」…使徒27:35-36

船が暴風に巻き込まれてから2週間が経ちました。ある夜、水夫たちが水深を測ってみると、どんどん浅くなっており、船がどこかの陸地に近づいていることが判明しました。すると水夫たちは座礁を恐れ、船尾から錨を投げ降ろし、その後、小舟を使って船から逃げだし、船を見捨てて、自分たちだけが助かろうとしたのです。それを知ったパウロは、彼らなしには船の安全な航海はあり得ず、残された者が助かる見込みはないと百人隊長や兵士たちに訴え、それを阻止すべく小舟の綱を切らせました。さらに彼は、上陸のときが近いと確信し、2週間何も食べていない人々に食事を取るように勧め、これであなたがたは助かることになるのだと言って励まし、自らパンを取ってみなの前で神に感謝をささげ、それを裂いて食べ始めました。するとそれを見聞きした人々は元気づけられ、ようやく2週間ぶりの食事を取ったのです。そのときパウロは、上陸の際の体力をつけさせるため、自らパンを食べ、食事をみなに勧めたわけではありません。彼は、何よりもまず神に感謝をささげ、パンを裂き、それをみなで分け合って食べるようにしたのです。その行為は、主イエスが弟子たちとともにした食事や、初代教会が行っていた聖餐を思い出させますが、パウロは人々に対して、暴風の中での航海がそこまで守られ、奇蹟的に助かろうとしていることが、神のみわざであることを指し示し、ともに神に感謝をささげようとしたのです。パウロは、出港に反対した自分の判断が正しかったと強調したり、耳を貸さなかった人々を責めたりはしませんでした。ただ、すべてが神の御手のうちにあったことを伝え、すべての栄光を主に帰そうとしたのです。私たちもまた、同じような状況に置かれることがありますが、主に心からの感謝をささげ、同時に、すべてが神の摂理の中で導かれていること、主に信頼するものは守られることを、人々に証しする者でありたいと思います。

主がともにおられます。守りと導きがありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 27章13-26節◇(8月24日)

「ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。」…使徒27:25

パウロたちが乗った船は「良い港」に停泊していましたが、穏やかな南風が吹いてきたので、人々は、ピニクスまで行って冬を過ごすという計画どおりにいくと考え、すぐに出港して島の海岸沿いを航行しました。ところが、間もなく強い北東風が陸地から吹き降ろして来たため、船は南西へと流され、陸地から離れてしまったのです。船員たちは綱で船体を巻いて船を補強し、座礁しないように船を必死に操作し、バランスを崩して転覆しないように積荷や船具を海に投げ捨て、何とか持ちこたえようとしましたが、暴風はいっこうに収まる気配を見せません。乗船していた人々はみな生きる望みを失い、食欲もなくし、すっかり意気消沈してしまいました。するとパウロは、人々を力づけるべく、元気を出しなさい…あなたがたは全員助かります…神は私に、「あなたは必ずカイザルの前に立つことができる…同船している人たちをみなあなたに与えた…」と、御使いを通して昨晩語られたのだ…と証しして、彼らを励ましたのです。「元気を出しなさい」(22,25節)。パウロはそう言って、失意と恐れの中にあった人々を励ましましたが、彼は、単に前向きなことばや態度を示して、少しでも人々を奮い立たせようとしたわけではありません。パウロは、神の約束のことばをみなと分かち合い、一人ひとりがそのことばによって強められ、元気を取り戻し、神に信頼して歩む者となることを何よりも願い、神の代弁者、すなわち主のことばを預かった者として人々の中に立ち、すべて私に告げられたとおりになる…私たちは必ずどこかの島に打ち上げられる…と、権威をもって語ったのです。私たちもまた、今の困難の時代にあって、失望と恐れの中にある人々に神のことばを分かち合い、「元気を出しましょう」と励ますことが求められているのです。置かれたところでその役割を果たしていきたいと思います。

神のことばを分かち合うことができますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 27章1-12節◇(8月23日)

「しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した。」…使徒27:11

カイザルへの上訴が認められ、ついにパウロはローマへ向うことになりました。それまで、エルサレムやカイザリヤでさまざまなことがありましたが、「あなたは…ローマでも証しをしなければならない」(23:11)と言われた主の御旨が実現されるべく、主ご自身がパウロを守り、総督や王たちに働きかけ、彼らの判断と指示によって、パウロはローマ兵士の護衛のもと、彼の同労者たちや何人かの囚人とともに、船に乗せられて出帆したのです。その経路と途中での出来事については、27章から28章前半にかけて詳しく記されていますが、その旅は決して楽なものではありませんでした。パウロたちが乗った船は嵐に遭って難破し、人々は死を覚悟する事態となったのです。そしてそのきっかけは、船がクレテ島の「良い港」に着いたとき、さらに航海を続けようとすることに危険を感じたパウロが、それを止めるよう人々に警告しても、その意見が無視されてしまったことにあったのです。なぜ百人隊長は、パウロよりも船長たちの意見を尊重したのでしょうか。それは彼らが航海に関するプロであり、彼らが持っている豊富な知識や経験に基づく判断は正しい、と考えたからに違いありません。それに対してパウロは素人であり、彼の警告をまともに受けとめ、出港を止めるべきだと考える者は、ほとんどいなかったのです。私たちも同じように、世の常識や、それまでの経験や、知識を持った専門家の意見に影響され、安易に判断して行動してしまうことがあります。しかし、どんなときにも、この世界を統べ治めておられる神のみこころと導きを求めて祈り、御声を聴き、それに従って進むことが何よりも大切なのです。そのようにして示される主の道は、専門家にも思いつかないような真理の道、正しい道なのです。「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ」(イザヤ55:8)。主の思い、主の道を、絶えず尋ね求める者でありたいと思います。

主の確かな導きがありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 26章1-18節◇(8月21日)

「『それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』」…使徒26:18

言い分を申し述べるようにアグリッパ王から促されたパウロは、過去の自分の歩みについて語り始めました。ユダヤ教の最も厳格な派に属してパリサイ人として歩み、神が父祖たちに約束されたもの、すなわち天的な祝福としての救いを得ることを待ち望み、イエスの教えを異端だと考えてイエスの弟子たちを徹底的に迫害していたことを、まず王に対して告白しました。さらにパウロは、そんな自分が迫害のためにダマスコへ向う途中、突然天からの光に照らされて地に倒れ、なぜわたしを迫害するのかというキリストの声を聞き、あなたを奉仕者、また証人に任命し、異邦人のところに遣わすと主から告げられたことを証ししたのです。15~18節には、そのようにイエスから語られた具体的なことばとして、パウロがアグリッパ王に告げた内容が書かれており、そこからいくつかのことが教えられます。それはすなわち、①世の人々は闇の中、サタンの支配の中に置かれている。②その人々は光の中へ移され、神に立ち返る必要がある。③キリストを信じる信仰によって、人々の罪は赦され聖なる者とされる。④その聖徒たちは、天的な祝福として御国を受け継ぐ(相続にあずかる:2017訳)者とされる。という御国の福音にほかならないのです。「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです」(1ペテ2:9)。主がパウロに語られたことば…。それはまた、すべての聖徒たちに対するものなのです。そのような特権と祝福と使命が私たちにも与えられていることを覚え、パウロと同じく、主の召命に生きる者でありたいと思います。

感謝と喜びをもって主に仕えることができますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 25章13-27節◇(8月20日)

「すると、アグリッパがフェストに、『私も、その男の話を聞きたいものです』と言ったので、フェストは、『では、明日お聞きください』と言った。」…使徒25:22

新任の総督フェストを表敬訪問するために、アグリッパ王とその妹ベルニケがカイザリヤにやって来ました。そのアグリッパとは、12章に出てくるヘロデ・アグリッパ1世の子であり、ローマ帝国の支配下にあるユダヤの国の王として、ローマ政府から統治を任されていた人物です。二人がカイザリヤに何日も滞在していたので、フェストはパウロの一件を王の耳にも入れるべく、それまでの経緯を手短に話しました。すると王は大きな関心を示し、パウロの話しを直接聞くことを願ったので、フェストは、早速翌日に謁見の場を設けることにしました。そしてそれは、二人だけでなく、千人隊長や町の有力者たちまでもが、二人に付き添って同席する形となったのです。フェストにとっては、その場でのやり取りの中から、パウロの正式な訴訟理由を明らかにできるとの期待がありました。それがないのにパウロの上訴を安易に認め、ローマのカイザルの元に彼を送ることは、総督の立場にある者としてあり得なかったからです。一方、アグリッパ王にとっては、パウロが伝えているキリストがどのような者なのかをさらに知りたいという興味がありました。それは単に、彼の知的な好奇心から出たことかもしれませんが、結果として彼はパウロの口から直接福音を聞き、さらにその場に居合わせたローマの千人隊長や町の者たちもが、それを聞くことができたのです。「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです」(ロマ10:17)。パウロが語ったことばは26章に書かれており、それを聞いた人々がその後どうなったかは不明です。しかし、人が信仰を持つのは御霊の働きによることであり、救いのみわざをなされるのは主ご自身であって、私たちに求められているのは、救いの良き知らせ、キリストの福音を伝えるということなのです。私たちがなすべきその働きを、困難な状況にあっても続けていきたいと思います。

人々への証しの機会が与えられますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 25章1-12節◇(8月19日)

「そのとき、フェストは陪席の者たちと協議したうえで、こう答えた。『あなたはカイザルに上訴したのだから、カイザルのもとへ行きなさい。』」…使徒25:12

ペリクスの後任としてユダヤ総督に着任したフェストは、エルサレムに出向きました。するとパウロに敵意を抱くユダヤ人たちは早速、彼をエルサレムに呼び寄せてほしいとフェストに懇願しました。彼らはパウロを待ち伏せて殺害しようと企てていたのです。しかしフェストは、自分はまたカイザリヤに戻るので、何かあるなら、一緒に行ってそこで訴えるようにせよと、彼らに告げました。エルサレムでの滞在を終えたフェストはカイザリヤに戻り、パウロを取り調べるべく、裁判の席に呼び寄せました。エルサレムからユダヤ人たちは、出て来たパウロを取り囲んでいくつもの罪を申し立てましたが、それを立証できるものは何一つありませんでした。かつてペリクスに対してパウロが言ったとおりだったのです(24:13)。フェストから弁明の機会を与えられたパウロは、自分が無実であることをあらためて主張し、また、ユダヤ人たちに恩を売るべく、エルサレムでの裁判を申し出たフェストの提案をきっぱりと拒絶し、私はカイザルに上訴すると宣言しました。そしてそれは、パウロがローマに行くということを意味していたのです。「私は…ローマも見なければならない」(19:21)。「あなたは…ローマでもあかしをしなければならない」(23:11)。パウロがローマに行き、そこで人々にキリストを証しし、福音を宣べ伝えることは、神のみこころ、ご計画でした。そして神は、フェストを用い、兵士たちによる万全な護送によって、パウロを無事にローマまで進ませようとしておられたのです。そして、パウロが訴えられ、監禁され、裁判が開かれなければ、そのような機会は与えられなかったのです。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ロマ8:28)。人知を超えたその神のみわざを待ち望みつつ、主にあって前進していきたいと思います。

絶えず主に信頼することができますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 24章10-27節◇(8月18日)

「そして百人隊長に、パウロを監禁するように命じたが、ある程度の自由を与え、友人たちが世話をすることを許した。」…使徒24:23

テルトロの訴えを聞いた総督ペリクスは、弁明の機会をパウロに与えました。そのことばは10~21節に書かれていますが、パウロは、宮でも会堂でも町中でも、自分はだれかと論争したことはなく、ましてや群衆を扇動するなどあり得ず、訴えた者たちはその証拠をあげることができないはずだと主張しました。さらに彼は、自分はキリストの教えに従って先祖の神に仕えており、律法と預言者のことばもすべて信じている、また、終わりの日が来ると、義人も悪人もすべての者が復活するという望みを抱いており、それは訴えた者たちの中のパリサイ派の人々と同じなのだと告げたのです。するとペリクスは、自分の妻がユダヤ人であるからか、イスラエルの神への信仰についてかなり詳しく知識を有しており、パウロが伝えているキリストを信じる信仰について関心を抱き、彼を呼び出して個別に話しを聞こうとしました。結局ペリクスは、その訴えに対する審判を下すことを先送りにし、パウロがローマ市民であることも考慮して、ある程度の自由を与えて監禁させ、友人たちが彼の世話をするのを妨げないようにしたのです。そのようにして、パウロはまたも守られました。それは、ペリクスの優柔不断な性格や、彼の妻がユダヤ人であったことや、彼がパウロから金をせしめる下心を持っていたことなど、さまざまな要素が重なったからですが、何よりも、すべてを治めておられる神の御手の中で、一つ一つの事が導かれ、備えられていったからです。結局パウロは、そこに2年間留まりました。敵意をもった者の手から守られた環境において、同労者たちと交わり、ローマでの宣教のために祈り備え、書簡をしたためることができたに違いありません。私たちにも想定外のことがしばしば起こりますが、そこに主の守りと備えがあること、また、すべての営みには時がある(伝3:1)ことを覚えたいと思います。

絶えず主に信頼することができますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 24章1-9節◇(8月17日)

「『閣下ご自身で、これらすべてのことについて彼をお調べくださいますなら、私たちが彼を訴えております事がらを、おわかりになっていただけるはずです。』」…使徒24:8

カイザリヤに移されたパウロを追って、大祭司アナニヤと数人の長老たちは、テルトロという名の弁護士を連れて下って来ました。パウロを総督に訴えるためでした。申し立ての機会が与えられた彼らは、弁が立つテルトロに語らせましたが、彼はまず、閣下のおかげで自分たちは平和を享受している…この国に改革が進行している…などと述べて総督を持ち上げ、その上で、パウロがいかに悪人であり、刑を受けるに値するかを強調したのです。彼はパウロについて総督に次のように訴えました。まるでペスト(疫病:2017訳)のような人間である…世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしている…ナザレの一派の首謀者である…宮を汚そうとした…。しかしながらそれは、ほとんどが事実とは反する言いがかりでした。どうせそれを否定することはできまい…とたかをくくっていた彼は、閣下自身で調べてもらえればよく分かるはずだと言ってその簡潔な申し立てを終えると、居合わせたユダヤ人たちもその訴えに同調し、そのとおりだと言いました。アナニヤやテルトロはおそらく、千人隊長がパウロは無罪だと書き記した手紙を兵士たちに託し、それがすでに総督の手に渡っていることは知らなかったでしょう。彼らは自分たちの思惑どおりに事が運ぶと楽観的に考え、総督に直訴したに違いありません。しかし神は、すべてをご存じであったのです。そして神ご自身がパウロの弁護人となり、千人隊長を証人とし、パウロを守られたのです。「神よ。御名によって、私をお救いください。あなたの権威によって、私を弁護してください」(詩54:1)。主は私たちの上にも御目を留めておられます。真実を明らかにして私たちを弁護してくださるのです。そのことを覚え、何よりもその主の前に誠実に歩む者でありたいと思います。

主からの平安がありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 23章23-35節◇(8月16日)

「そしてふたりの百人隊長を呼び、『今夜9時、カイザリヤに向けて出発できるように、歩兵200人、騎兵70人、槍兵200人を整えよ』」と言いつけた。」…使徒23:23

ユダヤ人たちのパウロに対する憎しみは強く、彼を殺すまでは飲み食いしないと誓うほどでした。彼は再びパウロを議会に呼ぶようにと祭司長たちに働きかけ、千人隊長にそのことを願い出るように依頼しました。彼らはそのときにパウロを待ち伏せて殺そうとしていたのです。しかしその計画を耳にしたパウロの甥がパウロに伝え、さらに千人隊長にも伝えたため、パウロは急遽、カイザリヤの総督ペリクスの元へ送られることとなりました。千人隊長は部下に対して、安全にパウロを送り届けるべく、パウロ一人に対して十分過ぎるほどの数の兵士たちを召集させました。さらに彼は、総督への手紙を準備し、パウロは無罪であることをそこにしたため、兵士たちにそれを託し、夜になってから彼らを送り出したのです。もし、パウロの暗殺計画を甥が耳にしなかったら…、その甥が兵営の中にいたパウロに会うことができなかったら…、その甥が千人隊長に面会することができなかったら…、千人隊長がその甥のことばを信じなかったら…。もしそうなればパウロは殺されていたかもしれません。しかし、そうなることはなかったのです。それらはすべて、主によって導かれ備えられたことであったからです。「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる」(詩121:7-8)。聖徒たちの上には、主の御手が伸ばされています。私たちが知らないところで、主は私たちをさまざまな危険、わざわいから守ってくださっているのです。そのように、私たちたちのいのちは、主によって守られているのです。また主は、私たちの日々の歩みを導き、必要なものを備え、助け手を与えてくださるお方なのです。そのことを覚え、気づかないところでの主の守りがあったことを感謝しつつ、その主にますます信頼して歩んでいきたいと思います。

主の確かな導きがありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 23章1-11節◇(8月14日)

「その夜、主がパウロのそばに立って、『勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない』と言われた。」…使徒23:11

議会での弁明の機会が与えられたパウロは、開口一番、自分は全くきよい良心をもって今日まで神の前に生きてきたと主張しました。すると、人間の権威を無視するかのようにきっぱりと語るパウロに腹を立てた大祭司アナニヤは、パウロの口を打つようにと命じたのです。しかしパウロはアナニヤに対し、神があなたを打たれると告げ、なぜ律法に背いて自分を打つように命じるのかと非難しました。さらにパウロは、そこにいた議員たちがパリサイ人とサドカイ人であるのを見てとり、自分はパリサイ人であり、死者の復活のことでさばきを受けているのだと叫びました。すると議会は、復活を信じるパリサイ人とそうでないサドカイ人とに分かれての論争となり、騒ぎはどんどん大きくなり、パウロの身を案じた千人隊長は、彼を保護するようにと兵士に命じたのです。兵営に入れられたパウロはその夜、主から、「勇気を出しなさい…あなたは…ローマでも証しをしなければならない」と告げられましたが、彼はそれを聞いて大きな励ましを受けたに違いありません。なぜなら、異邦人への宣教を自分の召しだと受け取っていた彼は、ローマ帝国の中心地であるローマにおいてキリストの福音を語ることをかねてから願っており、神のそのことばは、それが神のみこころであり、それを神が実現させてくださるということを意味していたからです。パウロの歩みは迫害と困難に満ちていましたが、それは、そのように、神のことばによって導かれ、支えられ、励まされたものでした。そして、私たちの歩みもまた、自分の思いや人のことばによってではなく、神のことばによって導かれ、支えられるべきなのです。「これが道だ。これに歩め」という神のことばを絶えず聴きながら(イザ30:21)、困難の中にあっても、主から励まされ、御霊によって勇気づけられ、前進し続けていきたいと思います。

確かな主の導きがありますように。 

◇聖書箇所: 使徒の働き 22章17-30節◇(8月13日)

「このため、パウロを取り調べようとしていた者たちは、すぐにパウロから身を引いた。また千人隊長も、パウロがローマ市民だとわかると、彼を鎖につないでいたので、恐れた。」…使徒22:29

パウロの弁明は続きます。彼は、ステパノが殺されたとき、自分がその場にいて、石を投げつける人々の上着の番をしていたこと、主から、あなたを遠く異邦人に遣わすと告げられたことを証ししました。しかし群衆はそれを途中で遮り、こんな男は除け、生かしておくなとわめき立て、興奮して、それを実行に移そうとしたのです。すると千人隊長は、パウロの身を守るべく、彼を兵営の中に入れるように命じ、なぜ人々がそのように反応するのかを知るため、パウロをむち打って取り調べようとしました。それに対してパウロは、自分がローマ市民であることを明らかにし、それなのにむち打ってよいのかと迫ったのです。それを知った千人隊長は驚き、それが重大な結果を引き起こすことを思って恐れ、パウロの鎖を解き、騒動の真相を知るべく、ユダヤの議会を召集させて、そこであらためてパウロに語らせようとしました。そのようにしてパウロは、主からの知恵と導きによって機転を利かせ、ローマ市民という地上の特権を用いて、自らの身を守ることができました。しかし、何よりも彼は、自分がキリストに贖われ、神の子どもとされ、主が王として統治しておられる御国の民とされているという意識を、強く持っていたに違いありません。それは、天的な、神から与えられる身分、特権であって、何者によっても奪われることのないものです。そしてそれは、キリストにあるすべての聖徒たちに与えられているのです。「こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです」(エペ2:19)。自分は神の所有の者である…。良き羊飼いなる主に養われ、導かれ、守られている…。それは私たちにとって、大きな誇りであり、励ましです。そのことを覚えつつ、ますますその主に信頼して歩んでいきたいと思います。

主の守りと導きがありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 22章1-16節◇(8月12日)

「あなたはその方のために、すべての人に対して、あなたの見たこと、聞いたことの証人とされるのですから。」…使徒22:15

群衆に対するパウロの弁明が書かれています。ヘブル語で話し始めたパウロのことばに耳を傾けた人々に対し、彼はまず、自分の身分を明らかにしています。ユダヤ人として生まれ育ち、ガマリエルのもとで律法についての厳格な教育を受け、キリスト者たちを迫害していたことは、他の誰よりも神に熱心に仕えていたと言えるのであって、それは大祭司や長老たちも知っているはずだと…。しかしそんな自分が、キリストとの出会いにより全く変えられ、キリスト者を迫害する者から、キリストを宣べ伝える者となったことを、パウロは次に証ししています。その出来事はすでに9章に記されていますが、そこには書かれていないアナニヤの次のことばが心に留まります。「私たちの父祖の神は、あなたをお選びになりました。あなたがみこころを知り、義なる方を見、その方の口から御声を聞くようになるためです」(14節,2017訳)。それはつまり、15節にあるとおり、パウロがキリストのために、すべての人に対して、自分が見聞きしたこと、体験したことを証しする証人とされる、ということです。彼はまばゆい光に照らされ、3日間目が見えなくなりましたが、その目はキリストの御顔をはっきり見る目とされ、その耳はキリストの御声をしっかり聴く耳とされたのです。そして、人々への証しとは、そのときの体験だけでなく、今も示され語られている神のみこころを伝え、将来起こるべきことを預言として語るということなのです。15節のことばは、そのまま私たちにもあてはまります。キリストと出会い、自分の身に何が起こり、どう変えられ、どこに望みを置いているのか…。その人だけのその証しを通して、人々は神のみわざを知り、神の愛と恵みと救いを求めるようになるのです。証しは福音の説明とは違います。キリストの証人としてさらに用いられるべく、ますます霊の目と耳が開かれるよう、主のみこころを知ることができるように、祈り求めたいと思います。

主を証しする機会が与えられますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 21章27-40節◇(8月11日)

「パウロは答えた。『私はキリキヤのタルソ出身のユダヤ人で、れっきとした町の市民です。お願いです。この人々に話をさせてください。』」…使徒21:39

アジアから来たユダヤ人たちは、パウロが宮にいるのを見ると、この男は民と律法と宮に逆らうことを教えている者だ、しかもギリシャ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所を汚している、と言って群衆を扇動しました。すると人々はすっかりそれを信じてしまい、殺到してパウロを捕らえ、宮の外に引きずり出したのです。一方、町が大騒ぎになっていることを知ったローマ軍の千人隊長は、部下を率いて駆けつけましたが、事態の収拾がつかないため、パウロの身を確保し、兵営に連行してそこで取り調べようとしました。するとパウロは千人隊長に、一言話してもよいかとギリシャ語で尋ねたため、パウロのことを、別の事件の主犯のエジプト人だとてっきり思い込んでいた千人隊長は驚き、自分はユダヤ人で町の市民だ、人々に話しをさせてほしいというパウロの願いを聞き入れ、その機会を与えたのです。この出来事から教えられることの第1、それは、パウロは主によって守られたということです。31節には「彼らがパウロを殺そうとしていたとき」とあります。千人隊長たちが駆けつけなければパウロは殺されていたかもしれません。しかし主は、千人隊長たちを遣わし、パウロを群衆の手から守ってくださったのです。そのように主は、助け手を送り、ご自身の聖徒たちを守られるのです。教えられることの第2、それは、人は流されやすく、事実と異なることに動かされてしまうということです。アジアのユダヤ人たちには悪意がありましたが、群衆は彼らに扇動されたのです。千人隊長にも思い込みがあったのです。この世は悪意と偽りに満ちています。その中にあって私たちは、真実を見いだし、正しい道を歩まねばなりません。そしてその真実は、常にキリストのうちにあるのです(2テモ2:13)。キリストのことばと教えに従い、キリストに倣って歩み続けるなら、惑わされることはないのです。そのことをしっかりと覚えたいと思います。

主の助けが与えられますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 21章17-26節◇(8月10日)

「この人たちを連れて、あなたも彼らといっしょに身を清め、彼らが頭をそる費用を出してやりなさい。そうすれば、あなたについて聞かされていることは根も葉もないことで、あなたも律法を守って正しく歩んでいることが、みなにわかるでしょう。」…使徒21:24

エルサレムに着いたパウロたちは、エルサレム教会の指導者ヤコブを訪問し、そこに集まっていた長老たちと会いました。そしてパウロが異邦人の間で神がなされたみわざを証しすると、彼らは神をほめたたえました。一方で彼らにはある懸念がありました。それは、ユダヤ人の聖徒たちがパウロのことを誤解し、彼が異邦人の中にいるユダヤ人に対して、割礼を施すことや慣習に従って歩むことを禁じ、モーセに背くよう教えていると考え、パウロを敵対視しているということでした。そこでヤコブたちはパウロに一つの提案をしました。それは、誓願を立てている者たちがいるので、彼らが頭をそる費用をパウロが出してあげるなら、パウロがモーセに背くよう教えていないことが明らかになり、誤解が解けるようになるだろうとの期待に基づくものでした。パウロはその提案を受け入れ、そのように実行しました。「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました」(1コリ9:20)。パウロは誤解している者たちに議論を挑み、説得しようとはしませんでした。ヤコブたちの提案どおりにすることが自分の考えではないとしても、それによってつまずく者が一人でも少なくなるならば、それはパウロにとって望ましいことであったからです。「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました」(ピリ2:6-7)。「自分を無にする」とは、自分の思いではなく神のみこころがなされるよう願うということであり、パウロはキリストのしもべとしてそのように歩んだのです。私たちもキリストに倣って、そのように歩みたいと思います。

ただ主のみこころがなりますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 21章1-16節◇(8月9日)

「するとパウロは、『あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています」と答えた。』」…使徒21:13

ミレトを出発したパウロたちは、船を乗り継いでツロに着き、そこに1週間滞在して聖徒たちと交わりを持ちました。すると人々は、パウロが迫害されると御霊に示され、エルサレムに上らないように何度も忠告した上で、ひざまずいて主に祈り、パウロたちを見送ったのです。一行は、その後カイザリヤで下船し、伝道者ピリポの家に滞在しました。するとそこにアガボという預言者が来て、パウロの帯で自分の手足を縛り、パウロがこのようになると聖霊が告げていると言ったため、ルカをはじめ、同行者たちは、カイザリヤの聖徒たちと一緒になり、エルサレムに上らないようパウロに懇願しました。しかし彼は、強い口調で彼らを非難し、自分は主イエスの御名のためなら、死ぬことも覚悟している、と告げたのです。そのように、ツロとカイザリヤの聖徒たち、パウロの同行者たちはみな、エルサレムに行かないようにとパウロに忠告しました。それはもちろん、彼の身を案じてのことです。しかし当のパウロは、何よりも主イエスの御名のために、すなわち、主イエスの御名が人々に伝えられ、主イエスの福音を信じて救われる人々が多く起こされ、主の御名があがめられるために、自分が主に用いられるようにと願っていたのです。そしてそのことがなされるために、自分のいのちが取られることが主のみこころならば、そのようにされることを願っていたのです。パウロのその覚悟にくらべて自分はどうなのか…と、私たちはつい思ってしまいます。しかし主は、私たちの日々の主への小さな「献身」を喜ばれ、一人ひとりを確かに用いてくださるのです。そしてそれは、「私の願いではなく、主のみこころがなりますように」という祈り、主への明け渡しから始まるのです。そのチャレンジに対して、しっかりと応答できる者とありたいと願います。

主の助けと導きがありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 20章13-24節◇(8月7日)

「けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」…使徒20:24

パウロたち一行は、トロアスから船でミレトという町に移動しました。その北70キロほどにはエペソがありましたが、そこに寄ると時間を取られると考えたパウロは、エルサレムに急いでいたため、使いを送り、エペソの教会の長老たちにミレトまで来てもらうことにしました。18~35節は、彼らへのパウロのことばです。彼はまず、自分がどのように主に仕え、人々に奉仕してきたかを語っています。多くの試練の中で、謙遜の限りを尽くし、涙をもって主イエスに使えてきた…。益になることはどこででもあなたがたに教え、すべての人に対して、神への悔い改めとキリストへの信仰を主張してきた…と。次にパウロは、主から何を示され、これからどうしようとしているのかについて、彼らと分かち合っています。自分は今、心を縛られてエルサレムに上ろうとしている…どの町でも縄目と苦しみが待っていると聖霊に示されている…けれども自分の走るべき道のりを走り尽くし、主から与えられた福音宣教の務めを全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思わない…と。イエスとの劇的な出会いを経て、回心し、新しく生まれ変わったパウロは、自分のいのちはもはや自分自身のものではないこと、すなわち、罪人である自分のために十字架にかかり、いのちをもって贖い、復活のいのちにあずからせてくださった、キリストのものだと認めていたのです。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。…」(ガラ2:20)と言った彼のことばのとおりなのです。私たちもまた同じように、キリストに贖われ、生かされている者です。自分の走るべき道のりを最後まで走り通し、与えられた働きを全うすべく、忍耐と希望をもって、御霊の助けと導きのうちに前進していきたいと思います。

どんなときにも主が支えてくださいますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 20章1-12節◇(8月6日)

「パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめ、彼を抱きかかえて、『心配することはない。まだいのちがあります』と言った。」…使徒20:10

7節以降に、トロアスでの出来事が記されています。ギリシャからマケドニヤに陸路を戻り、ピリピからトロアスに舟で渡ったパウロは、そこで、先に行って待っていた同行者と合流しました。そして彼らは、トロアスの信者たちとともに、週の初めの日、すなわち日曜日に、パンを裂き、主を礼拝するために屋上の間に集い、パウロはそこで、神のことばを夜中まで語り続けていたのです。そこにユテコという青年がいて、窓のところに腰掛けてパウロの話しを聞いていましたが、彼は途中で居眠りし、3階から下に落ちてしまったのです。驚いた人々がすぐに下に降りて彼を抱き起こしてみると、打ちどころが悪かったのか、すでに彼のいのちはありませんでした。しかしパウロは至って冷静でした。動揺している人々の前でユテコの上に身をかがめ、抱きかかえ、心配することはない、まだいのちがある、と言ったのです。すると、そのことばのとおり、ユテコはすぐに息を吹き返しました。その後パウロは、何もなかったかのように戻り、集会を切り上げようともせず、人々との語り合いを、明け方まで続けたのです。そのユテコの一件は、人々に、主への畏れと大きな励ましをもたらしたに違いありません。私たちも予期せぬことにしばしば巻き込まれます。そして、もうだめだ、終わった…と、あきらめ、望みを捨ててしまいそうになります。しかし、私たちを贖ってくださった主は、この世界を造られ、息あるものをそこに置かれた、いのちの源なるお方であって、私たちを、御手の中で生かしてくださっているのです。そして主は、ご自身の御力と栄光を現わすべく、しるしと不思議を今もなされるお方であって、私たちがその主を「望みえないときに望みを抱いて信じ」(ロマ4:18)るなら、主が備えてくださる脱出の道を進むことができるのです(1コリ10:13)。「心配することはない…」と言われる主の御声を聴きつつ、心を騒がせずに歩みたいと願います。

主がともにおられます。平安がありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 19章23-41節◇(8月5日)

「パウロは、その集団の中に入って行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。アジヤ州の高官で、パウロの友人である人たちも、彼に使いを送って、劇場に入らないように頼んだ。」…使徒19:30-31節

エペソで起こった大きな騒動のことが記されています。偶像の女神アルテミスの神殿の模型を作って儲けていた銀細工人デメテリオは、手で作った物は神ではないとパウロが言うので、模型が売れなくなり、仕事が脅かされ、女神の威光さえも失われてしまう…と、同業者たちに訴えました。すると彼らは激しく怒り、偉大なのはエペソ人のアルテミスだと叫び、町中が大騒ぎになったのです。人々はパウロの同行者ガイオとアリスタルコを捕らえ、劇場になだれ込みました。パウロも中に入ろうとしましたが、彼の身を案じた弟子たちや、友人である州の高官たちから止められました。集会は混乱状態で、人々は、集まった目的や理由さえわかっていなかったのです。やがて町の書記官が群衆を静かにさせ、エペソの町がアルテミスの守護者であるのは疑いのないことなのだから、暴動を起こしたり、無謀なことをすべきではないと言っていさめました。また、パウロの二人の同行者についても、彼らには何の非もないと認め、デメテリオたちは正式な裁判の席で訴えるべきであり、正当な理由なく集会を開くなら騒乱罪に問われる恐れがあると指摘し、群衆を解散させたのです。書記官の冷静な判断と指示が印象的です。彼がいなかったら、事態は悪化し、パウロたちに危害が及んだかもしれません。しかし、書記官はパウロを擁護しようとしたのではなく、町に騒動が起こることにより自分の立場が危うくなると危惧して行動したのであり、その背後には主の御手が置かれていたのです。弟子たちや友人がパウロを止めたこともそうでした。そのように主は、さまざまな方法を用いてご自身の聖徒たちを守られるお方なのです。「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる」(詩121:7)。絶えずその主に拠り頼み、歩み続ける者でありたいと思います。

主の守りと導きがありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 19章11-22節◇(8月4日)

「こうして、主のことばは力強く広まり、勢いを得ていった。」…使徒19:20(新改訳2017)

パウロはエペソに留まり、宣教活動を続けましたが、彼が身に着けていたものを病人に当てると、病気が治り、悪霊につかれていた人からは悪霊が出て行くという奇蹟も起こりました。しかしそれは、パウロの手ぬぐいや前掛けに特別な力があったわけではなく、パウロが奇蹟を行う力を得たのでもなく、11節にあるとおり、神がパウロの手によってなされたみわざなのです。すなわち神は、パウロを、ご自身の御力を現わすための道具として用いられたのであり、それは聖霊の働きによることなのです。ところが、そのように神のみわざを正しく捉えず、起こった事象に興味を持った者がいました。巡回祈祷師たちの一部は、パウロの宣べ伝えていた主イエスの名を唱え、同じように悪霊を追い出そうとしましたが、彼らは、悪霊につかれている人に飛びかかられ、打ち負かされ、傷を追わされて、やっとのことで逃げ出したのです。その出来事がエペソの町に知れ渡ると、神を畏れ、主イエスの御名をあがめ、信仰に入る者たちが大勢起こされました。そして彼らは、自分たちのしていた、みこころにかなわない行為を告白し、主に悔い改め、赦しを求めたのです。魔術を行っていた者たちは、彼らの生活道具とも言えるそのための書物を、皆の前で焼き捨てました。それらの一連のことを記した後、ルカは、「主のことばは力強く広まり、勢いを得ていった」と20節でまとめていますが、文頭には、「こうして」と書かれています。人々のうちに主のことばが力強く働き、神の国が拡大していく中で、神に敵対する勢力である悪魔との霊的な戦いが必ず起こること、しかし、主はご自身の聖徒たちを通してご自身の御力を現わされ、そこに勝利をもたらしてくださるということをあらためて教えられます。そして、主は今も、主を畏れ、主に喜ばれることを願う者たちを求めておられるのです。ご自身の御国をさらに建て上げようとしておられるのです。私たちも、キリストに贖われた者として、そのために用いられたいと願います。

主の御力を待ち望むことができますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 19章1-10節◇(8月3日)

「パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。」…使徒19:6

みこころならまたあなたがたのところに帰って来ると言ったパウロは(18:21)、そのことばのとおり、再びエペソを訪れることができました。すでにアポロはコリントに渡っていましたが、パウロはそこの何人かの弟子たちに、聖霊を受けたかどうかを尋ねると、彼らはみな、聖霊が与えられること自体、聞かされてこなかった、自分たちはヨハネのバプテスマを受けただけだと、答えたのです。そこでパウロは、ヨハネは自分の後に来られるメシア、イエスを指し示し、人々に道備えをさせ、罪の悔い改めのバプテスマを授けたのであって、人はみな、主イエスの福音を信じ、イエスの御名によるバプテスマを受けるべきだということを説きました。おそらく彼らは、アポロと同じような状況の中で信仰を持ったのであり、キリストの贖いの恵みと神の国の祝福を受け取って味わうことにおいて、十分ではなかったのです。そのような彼らに対してパウロは、アクラ夫妻がアポロに語ったように、神の備えられた道をもっと正確に理解させるべく、その場で簡潔に説明したに違いありません。そして、彼らが主イエスの御名によってバプテスマを受け、それぞれがパウロに手を置いてもらうと、一人ひとりは聖霊に満たされ、異言を語ったり、預言をしたりしたのです。それは、それまでせき止められていた水が、一気に流れ出したような状況であったことでしょう。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」と主は、ご自分を信じた人々に告げられました(ヨハ8:32)。真理のみことばを、知恵と啓示の御霊によって理解し、霊の目が開かれ、奥義を知るようになるなら、うちにある人間的なものが取り除かれ、私たちはもっと自由にされるのです。神が与えようとしておられる御国の祝福に豊かに預かり、さらにそれを周りに押し流す者とされるのです。へりくだって主を慕い求め、主からの恵みと祝福をしっかりと受け取りたいと思います。

主の祝福が豊かにありますように。

◇聖書箇所: 使徒の働き 18章18-28節◇(8月2日)

「彼は会堂で大胆に話し始めた。それを聞いていたプリスキラとアクラは、彼を招き入れて、神の道をもっと正確に彼に説明した。」…使徒18:26

パウロはコリントからケンクレヤを通り、エーゲ海を渡ってエペソに着きました。コリントで出会った、パウロと同じ天幕作り職人である、アクラとその妻プリスキラも彼に同行していました。パウロは一人で会堂に入り、ユダヤ人たちと論じましたが、彼はエルサレムに行くことにしていたので、留まるよう願う人々に対し、神のみこころならまた戻って来ると告げ、そこを去りました。そしてエルサレムからアンテオケに戻り、また出発し、小アジアの地方を巡って、聖徒たちを力づけたのです。一方、エペソにはアポロというアレキサンドリヤ生まれのユダヤ人が来て、イエスのことを語り始めました。彼は雄弁で、聖書に通じ、霊に燃えていましたが、イエスの十字架と復活、聖霊の油注ぎなどは知らなかったので、エペソに残っていたアクラ夫妻は彼にそれらを教え、福音を正しく語れるようにしたのです。アポロは整えられ、さらに用いられ、コリントのあるアカヤ地方へ渡ることを希望しましたが、それを知ったエペソの兄弟たちは、彼を励まし、彼を歓迎するようコリントの弟子たちへ手紙を書き、みなで送り出したのです。アポロはその賜物が活かされ、コリントにおいても大いに用いられました。24~28節に登場するのはパウロではなく、「脇役」たちです。聖書に通じ、雄弁で、大胆に語ったアポロ…。彼が神の道を正確に理解できるよう教えたアクラ夫妻…。そしてアカヤへ渡ろうとする彼を励まし、彼を歓迎するようにと手紙を書いたエペソの兄弟たち…。それらの者たちが、自分が果たすべき役割を忠実に担ったことにより、神の計画が前進していったのです。「アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰に入るために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです」(1コリ3:5)とあるとおりです。私たちもまた、キリストの弟子として生かされています。自分の役割は何かと主に尋ね、聖霊の助けと導きによってそれを果たしたいと思います。

それぞれの賜物が活かされ用いられますように。