◇聖書箇所: テサロニケ人への手紙第二 1章(4月13日)

「それゆえ私たちは、神の諸教会の間で、あなたがたがすべての迫害と患難とに耐えながらその従順と信仰とを保っていることを、誇りとしています。」…2テサ1:4

パウロは、この手紙の宛先であるテサロニケ教会の信徒たちに対して、あなたがたのことを神に感謝しなければならない、と言っていますが、それは、彼らの信仰が大いに成長し、また、互いに対する愛が一人ひとりに増し加わっていることを、パウロが知っていたからです。また彼は、彼らのその信仰が忍耐を生み、困難に耐えて主への従順を保っていることを、諸教会の間で誇りに思っているとさえ言って、彼らを称賛しているのです。さらにパウロは、彼らが受けている苦難は神の国のためであって、彼らが神の国にふさわしい者と認める、神の正しいさばきがやがてなされることの証拠なのだと言っていますが、それはつまり、神の前に正しい者たちが今苦しんでいても、終わりの日には報いとして永遠の安息、いのちが与えられるのであり、逆に悪しき者たちには永遠の苦しみ、滅びがもたらされるということなのです。信仰、希望、忍耐…それらは密接に関係しています。信仰があるからこそ、私たちは苦難にあっても希望を持つことができ、希望があるからこそ、辛い状況を耐え忍ぶことができるのです。では信仰はどこから来るのか…。それは、私たちがキリストのいのちによって生かされる者となるために、主イエスが十字架にかかり、いのちをささげ、よみがえられたという贖いの事実にあるのです。信仰とは、疑いの思いを必死に振り払い、信じ込むように努力して獲得するものではありません。信仰は、私たちに対する神の一方的な愛に基づく、恵みであり賜物なのです。だからこそ私たちは、それを神から受け取るために、日々、十字架の主を見上げ、復活の主との生き生きとした交わりを持ち、主のみことばから教えられ、目の前の困難な現実にではなく、主イエスにしっかりと目を留め続けるべきなのです。「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です」(1コリ13:13a)。苦難の中でも主にあって前進し続けたいと思います。

主からの恵みと平安がありますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 9章28-44節◇(4月12日)

「彼らの中のある者は、務めの器具をつかさどった。数を合わせてこれらを運び入れ、数を合わせてこれらを運び出した。」…1歴代9:28

9章には、バビロン捕囚からの帰還後、エルサレムに住みついた人々の系図が記されています。14-34節は神の宮で奉仕するレビ族の者たちについてであり、28節以降には、門衛以外の奉仕を割り当てられた人々のことが書かれています。彼らの中のある者は、礼拝に用いる器具を受け持ち、神殿で使用するために運び出し、元の所へ運び入れる際には、きちんと確認して数合わせをしたのです。別の者は、小麦粉、ぶどう酒、油などを受け持ち、それらが不足して困ることがないよう、常に在庫を確認して管理しました。また、祭司たちの中にはバルサム油の香料を調合し、求められる香りが安定して放たれるようにする者がおり、さらにケハテ族のうちには、神殿において主の前に供えるパンをもっぱら作る者もいました。彼らも、その材料の選定、調理、保存と、細心の注意を払いつつ、忠実にその任務にあたったのです。民の中には手先が器用な者もいれば、重い物を運ぶのが得意な者もいたことでしょう。そしてそれぞれが、自らの能力にふさわしい働きを割り当てられ、多種多様な奉仕を担ったのです。それらの奉仕はどれもが欠くことのできない重要なものであり、神殿の礼拝や民のさまざまな営みは、それらなくしては成り立たなかったのです。「一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので…」(ロマ12:4-6)。キリストに贖われた私たちにも、それぞれに賜物が与えられています。そしてキリストのからだを建て上げるために、さまざまな奉仕を担い、神と人々とに仕えています。それらが一つでも欠けるなら全体が機能しないということを覚え、主への畏れと感謝をもって、また互いに敬い合いつつ、忠実に奉仕する者でありたいと思います。

主の祝福がありますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 8章◇(4月10日)

「ネルはキシュを生み、キシュはサウルを生み、サウルはヨナタン、マルキ・シュア、アビナダブ、エシュバアルを生んだ。」…1歴代8:33

8章にはベニヤミン族の系図が記されています。ベニヤミンはヤコブに生まれた最後の息子であり、愛妻ラケルが産んだ後に死ぬことになった2番目の子どもです。そのベニヤミンの氏族の割当地はエルサレム、ギブオンなどを含む、カナンの中心に位置する領域であり、彼の子孫はそこに住みついて繁栄していったのです。このベニヤミン族の中から、イスラエルの最初の王サウルが立てられました(33節)。彼はキシュの一人息子で、イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかったとあります(1サム9:2)。しかしそのサウルは、油注がれて王となった後に、主の御声に聞き従わず、神から退けられてしまったのです(1サム15:26)。主はサウルに代えて、ユダ族の中から、エッサイの子ダビデを王とされました。イスラエルの初代の王サウル…しかし歴代誌の著者はそのことに一言も触れていません。サウルがいかに神を失望させる者であったかが、そこに暗示されています。サウルの罪、それは、アマレクから得た家畜などの戦利品を、主の命令に逆らって聖絶しなかったことでした。サムエルは彼に告げました。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか…」(1サム15:22)。ひるがえって私たちはどうでしょうか…。ともすれば、「いけにえをささげる」こと、すなわち、日曜日ごとに礼拝にあずかり、献金をささげることだけで自己満足するような、表面的、形式的な「信仰生活」に陥ってしまうのです。しかし、主の御声に聞き従うこと、つまり、みことばが指し示すあり方、主のみこころに、自分の思い、ことば、振る舞い、すべてを従わせようとすることは、いけにえにまさり、主はそのことを喜ばれるのです。私たちの肉の力、がんばりによってそうあろうとするのではなく、日々主に祈り求め、御霊の助けを受け、そのような歩みを重ねる者でありたいと思います。

主の確かな導きがありますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 7章20-40節◇(4月9日)

「その後、エフライムは、妻のところに入った。彼女はみごもって男の子を産んだ。彼はその子をベリアと名づけた。その家がわざわいのさなかにあったからである。」…1歴代7:23

20-29節にはエフライム族の系図が、30-40節にはアシェル族の系図が書かれています。その中で、エフライムの3人の息子のうち、エゼル、エルアデの二人に関する記事が出てきます。彼らはガテに下って家畜を奪おうとして、そこの住民たちによって殺されてしまったのです(21節)。父であるエフライムは二人の死を悲しみ、彼の兄弟たちも来て慰めました。その後、彼の妻は男の子を産みましたが、彼はその子にベリア、「わざわいの中」という意味の名前をつけました。彼にとって新たな息子の誕生は、悲しみと痛みの中で起こったことであったのです。25節以降にはそのベリアの子孫が記されています。レファフ、レシェフ、テラフ、…ヌン、ヨシュア。そのヨシュアとは、モーセの従者として忠実に仕え、アマレクとの戦いに勝利し(出17:13)、カナンの地の偵察隊のメンバーに選ばれ(民13:8,16)、モーセの後継者としてイスラエルの民をカナンの地に導いた人物です。そのように、ベリア、「わざわいの中」から、やがてイスラエル民族の指導者として神に尊く用いられる者が生まれたのです。エゼルとエルアデの死という、わざわいと思われたことは、神の祝福へと変えられていったのです。「わざわいの中」という名をつけられたベリア…。彼は自分が神のわざわいの中を歩む運命にあると、卑屈になって歩んだのではありません。彼は、盗んではならないという十戒を破った兄たちの失敗を教訓とし、主を畏れ、徹底的に聞き従う者となったに違いありません。だからこそその子孫からタハンやアミフデのような族長が生まれ、ヨシュアが生まれたのです。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ロマ8:28)。わざわいを祝福とされる、主の恵みとあわれみを覚えたいと思います。

主の祝福がありますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 7章1-19節◇(4月8日)

「…これは彼ら一族の、すなわち、トラのかしらであって、彼らの家系の勇士であった。その数はダビデの時代には2万2千6百人であった。」…1歴代7:1

7章には、ヤコブの息子たちの子孫である諸部族の、大まかな系図が記されています。今日の箇所では、イッサカル族が1-5節に、ベニヤミン族が6-12節に、ナフタリ族が13節に、そしてマナセの半部族(ヨルダン川を渡った部族)の系図が14-19節に、それぞれ書かれています。1節の「イッサカル族の者」とは、イッサカルの4人の子どものことです。彼らは祖父であるヤコブや他の部族の者たちとともに、エジプトにいたヨセフの元に行ったのです。そしてその後、エジプトを脱出し、40年間荒野をさまよい、後の世代の者がカナンの地に入り、そこを居住地として子孫がさらに増し加えられていったのです。それらの諸部族の系図の中には、かしらであった…勇士であった…という記述が繰り返されています。その者たちは民の先頭に立ち、勇気をもって進み、恐れる人々を励まし、弱い者たちを支えたのです。試練や困難に直面するときにも、神への信仰を失わず、ひたすら主に拠り頼んでいたのです。目に見えるものを恐れず、勝利と祝福を確信して進んでいったのです。カナンの地を偵察した多くのメンバーが、先住民を恐れて否定的な報告をした中で、勇者であったヨシュアとカレブだけが、「主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない」と言ったことが思い起こされます(民14:9)。「わたしは、あなたがたに平安を残します。…あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません」(ヨハ14:27)。「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタ28:20)。かしらであり勇士である者…それは何より、主に全幅の信頼を置く者たちであり、そのブレないことばや振る舞い、主に対する真実な態度を通して、子どもたちや次の世代に信仰が継承され、主を中心とした共同体が形成されていくのです。キリストにあって神の民とされた私たちもまた、そのような者でありたいと思います。

主の守りと導きがありますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 6章54-81節◇(4月7日)

「彼らには、エフライムの山地にあるのがれの町シェケムとその放牧地、…」…1歴代6:67

54節以降には、レビ部族である3つの氏族に対して、イスラエル12部族から与えられた居住地、すなわち町と放牧地が記されています。54-60節にケハテ族に属するアロンの子孫への13の町が、61節に残りのケハテ族への10の町が、62節にゲルショム族への13の町が、そして63節にメラリ族への12の町が与えられたことが書かれています。その中で、アロンの子孫に与えられたヘブロン(57節)、また残りのケハテ族に与えられたシェケム(67節)は、「のがれの町」でした。それは、過って人を殺してしまった者が復讐の手から逃れるために主が定めたもので、12部族の領土を割り当てる際に6つの「のがれの町」が設けられたのです(ヨシ20:7-8)。そして歴代誌には明示されていませんが、ゲルショム族に与えられたゴラン、ケデシュ、メラリ族に与えられたベツェル、ラモテも、「のがれの町」であったのです(ヨシ21章参照)。そのように、レビ部族の3つの氏族に対して与えられた町々には「のがれの町」が必ず含まれていました。そしてそれは、12部族の人々や在留異国人とも共有されたのです(ヨシ20:9)。愛とあわれみに満ちた主の配慮が心に留まります。私たちは過って人を殺すことはないかもしれません。しかし配慮の足りないことばや態度によって、知らないうちに人を傷つけることがあります。そして、責め立てる者サタンの罠により、自分の至らなさ、罪深さに落ち込み、自己嫌悪してしまうことさえあるのです。「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。」(ロマ7:24-25a)。パウロはそう告白しました。今なお罪を犯す私たちにも、のがれの町が備えられています。私たちはキリストにあって、罪赦され、神と、また人々と和解することができるのです。自らの足りなさ、至らなさに失望することなく、ますます主を見上げ、主にある希望と喜びにあずかる者でありたいと思います。

心とからだが主に守られますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 6章31-53節◇(4月6日)

「彼らはソロモンがエルサレムに主の宮を建てるまでは、会見の天幕である幕屋の前で、歌をもって仕え、おのおのその定めに従って、奉仕を担当した。」…1歴代6:32

31-47節には、主の宮、すなわちダビデ王の治世においては幕屋において、またソロモン王の時代においては神殿において、神をほめたたえる歌をもって主に仕えた者たちの系図が書かれています。ダビデはその奉仕にあたる3人の者を、レビ族の中から立てて任命しました。最初に名が出てくるのが、ケハテ氏族のヘマンです。彼は、サウルやダビデに油を注いだ預言者サムエルの孫に当たります(33節)。そのヘマンの右に立って仕えたのはアサフです。彼はヘマンの「兄弟」とありますが、それは、同じレビ族に属するゲルショム氏族の者として同じ働きをしていたためです。そして、ヘマンの左に立って仕えたのはエタン。彼はメラリ氏族に属していました。詩篇には彼らの歌も収められています(73-83,88,89篇)。幕屋での公の礼拝において、それらがそのまま歌われたのではないかもしれませんが、彼らの歌が単なる形式的なものではなかったことがわかります。彼らは「歌い手」として、良い声や巧みな技能も求められたでしょう。しかし彼らは何よりも、主との親密な関係の中で、主をあがめ、呼び求め、自らを明け渡す、そのような信仰の告白、祈りのことば、献身の表明を、主への「歌」としたのです。そしてその彼らの歌に対して民も、心を合わせ、声を合わせ、賛美をともに主にささげたのです。「私たちは、あなたに感謝します。神よ。私たちは感謝します」(詩75:1,アサフの歌)。「主、私の救いの神。私は昼は、叫び、夜は、あなたの御前にいます」(詩88:1,ヘマンの歌)。「私は、主の恵みを、とこしえに歌います。あなたの真実を代々限りなく私の口で知らせます」(詩89:1,エタンの歌)。私たちも、彼らのように主との親しい交わりを持ち、主を賛美するよう求められています。民と同じく彼らの歌に心と声を合わせ、主に向かって歌うべきなのです。「御名をたたえるくちびるの果実」(ヘブ13:15)を主に絶えずささげたいと思います。

真の礼拝者となることができますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 6章1-30節◇(4月5日)

「ヨハナンはアザルヤを生んだ。これは、ソロモンがエルサレムに建てた宮で、祭司の務めを果たしたアザルヤのことである。」…1歴代6:10

6章には、レビの子孫の系図が多くのスペースを割いて記されています。その中でまず取り上げられているのが、2-15節に記されている大祭司の系譜です。初代の大祭司は、ケハテの子アムラムの子であり、モーセの兄であるアロンが務めました。彼には4人の子がいましたが(3節)、そのうちナダブとアビフは主が命じなかった「異なった火」をささげたため、主の前から出た火によって焼かれてしまい(レビ10:1-2)、エルアザルが2代目の大祭司となったのです。歴代誌の著者は、以降、ピネハス、アビシュア、ブキ、ウジ…と歴代の大祭司の名を挙げています。エルアザルからヨハナンまでが幕屋時代の大祭司、アザルヤ以降が神殿時代および捕囚時代の大祭司です。そこでは「~は~を生み」という表現が使われていますが、一方、同じケハテ族でもイツハル(=アミナダブ,22節)の子孫の系図では、単に「~の子」という表現となっています。そしてそれは、大祭司たちがその重要な職務を、次世代へとしっかりと継承していることを暗示しているのです。「そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい」(ヘブ3:1)。イエスは、レビ族であるアロンの子孫ではなく、ダビデが生まれたユダ族の系図に連なっています(マタ1:1-16)。ではなぜキリストは大祭司と呼ばれるのか…。それは大祭司が主から油注がれ、神と民との間に立ち、民の罪の赦しをとりなす働きをしたように、キリストは、ご自身のいのちをもって、すべての人が罪赦されるための、永遠の贖いを成し遂げられたからなのです(ヘブ9:11-12)。そのキリストはよみがえられ、天の父の右の座に着き、今も私たちのためにとりなしてくださっているのです。油注がれた御国の王として、すべてを統べ治めておられるのです。その主に賛美と栄光をささげたいと思います。

主の祝福がありますように。

◇聖書箇所: マタイの福音書 27章57-66節◇(4月3日)

「この人はピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。そこで、ピラトは、渡すように命じた。」…マタイ27:58

ヨセフという名のイエスの弟子が、十字架上のイエスのからだの下げ渡しを総督ピラトに願い出ました。彼はからだを受け取ると、真新しいきれいな亜麻布に包み、岩を掘って造った自分の新しい墓に納めました。また、主イエスが息を引き取るのを見届けたマグダラのマリヤと別のもう一人のマリヤは、ヨセフが主のからだを墓に納め、入口に大きな石を転がして墓を塞ぐ様子を、少し離れた所でじっと見守っていました。彼らが主の復活を信じ切っていたかはわかりません。しかし少なくとも彼らは、主イエスが処刑されて死んでしまったからといって、主から離れはしなかったのです。そして自分たちにできることを行ったのです。ところが、ずっと行動をともにしてきた主の弟子たちはといえば、イエスの仲間として捕らえられるのを恐れ、戸に鍵を掛け、家の中にずっと潜んでいたのです(ヨハ20:19)。ひるがえって私たちはどうでしょうか…。主イエスに従う中で、想定外のことが起こったり、主の教えにはとても従えないという感情になったりしたとき、主から離れてしまうのでしょうか…、それともとことんついて行くのでしょうか…。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」(マタ16:24)。試練や困難の中で、もし私たちが主から離れてしまうなら、それは負うべき自分の十字架を放り出すことになるのです。主イエスに従い続ける…。それは平穏無事な歩みではないでしょう。不安や恐れもきっとあるでしょう。しかしそれは、主にあって、驚きと感謝と希望に満ちた歩みであり、天の御国、永遠のいのちへと続く歩みなのです。信仰の創始者であり完成者である主イエスから目を離すことなく(ヘブ12:2)、主に従うことを選び取る者でありたいと思います。

恐れが取り除かれますように。

◇聖書箇所: マタイの福音書 27章45-56節◇(4月2日)

「しかし、イエスは再び大声で叫んで霊を渡された。すると見よ、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」…マタイ27:50-51(新改訳2017)

主イエスの十字架上でのことばは、4つの福音書の中に7つ書かれていますが、マタイとマルコは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」ということばしか記していません(46節)。息を引き取られる直前の叫びも「大声で」としか書いていません。しかしルカは、主が「父よ、わたしの霊をあなたの御手にゆだねます」と叫ばれたと記し(ルカ23:46,2017訳)、ヨハネは、「完了した」(ヨハ19:30)と言われたと記しています。それは、耐えがたい苦痛から出た絶叫ではなく、自分を見放した神を呪うことばでもありません。それは主イエスが、ご自分のいのちを代価として支払い、全人類を罪の奴隷から贖うという、父から受けた使命を最後まで全うし、それが完成したという勝利宣言なのです。その直後に起こったのは、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けるという出来事でした。その幕は、神殿の中の聖所と至聖所との仕切りであり、大祭司はそれをくぐって年に1回だけ至聖所に入り、神と会見することができたのです。大祭司の衣を何枚も織り込んで作られたその分厚い幕が、上から下まで真っ二つに裂けた…。そのことは、主イエスによる贖いの完成によって、神と人との間の隔てが永遠に取り去られたことを意味するのです。「こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです」(ヘブ10:19)。「私たちはこのキリストにあって、キリストに対する信仰により、確信をもって大胆に神に近づくことができます」(エペ3:12,2017訳)。私たちは、キリストが流された血、尊いいのちによって贖われ、何の制限もなく、自由に、主のみ元に近づけるようにされたのです。主になんでも打ち明け、すべての重荷を委ね、助けを求めることができるのです。さらに主に大胆に近づいて、絶えず主との親密な交わりを持つ者でありたいと思います。

贖われた喜びが心にあふれますように。

◇聖書箇所: 歴代誌第一 5章◇(4月1日)

「…ハガル人およびこれとともにいた者はみな彼らの手に渡された。それは、彼らがその戦いのときに、神に呼ばわったからである。彼らが神に拠り頼んだので、神は彼らの願いを聞き入れられた。」…1歴代5:20

ヤコブの長子ルベンは父の寝床を汚したため、長子の権利はヨセフに与えられました。歴代誌の作者はそのことのゆえに、ルベンの子孫をここに記していません(1節)。空腹を満たすために、一杯の食物と引き替えに長子の権利を譲ってしまったエサウのことも思い起こされます。そのように肉の思いを優先させるなら、神からの霊的な祝福を失うということを、あらためて教えられます。18-22節には、ヨルダン川の東側に割当地を得た、ルベン、ガド、マナセの半部族からなる兵士たちのことが書かれています。彼らは武器を巧みに操る、戦いの訓練を受けた精鋭の勇者たちです。しかし注目すべきは、彼らが自らの能力を誇り、それに頼ろうとはしなかったということです。彼らは何よりも神の助けを求め、主に拠り頼んだのです。そして神は、その願いを聞き入れて、敵を彼らの手に渡し、勝利を与えてくださったのです。23-26節には、その兵士たちとは対照的に、異教の神々を慕ってそれに信頼を置き、神に不貞の罪を犯したマナセの半部族のことが記されています。彼らを含め、ヨルダン川東側にいた3部族は、アッシリアの攻撃を受け、捕らえ移されてしまったのです。「また、だれも、一杯の食物と引き替えに自分の長子の権利を売ったエサウのように、淫らな者、俗悪な者にならないようにしなさい」(ヘブ12:16,2017訳)ルベン、エサウ、マナセ部族…それらの者たちは一時の快楽を優先させ、あるいは目に見えるものに心奪われ、神の祝福を失ってしまいました。私たちはそのような俗悪な者、愚かな者になってはいけないのです。戦いにおいて自らの力に拠り頼まず、神を呼び求めて勝利を得た勇者たちのように、「強く、力ある主。戦いに力ある主」(詩24:8)を何よりも求め、すべてにおいて主に拠り頼むべきなのです。そのことをしっかりと覚えたいと思います。

思いを主に明け渡すことができますように。